2020年04月17日

いろんな愛の形

訪問看護の仕事をしていると感じることがある。
恋愛関係の愛、ではなく、夫婦、親子、友人との間に時折ふっと感じられる愛。

先日、独居の男性を在宅でお看取りした。
自由人を貫いた人生、といった印象の方。その方には娘さんがおられた。
ご本人の生き方から、お互いに頼らずの関係で疎遠のようであった。

ただ、病状が進行するとともに娘さんの存在が少し現れてきた。
週末はご本人宅を訪問し、介護をされるようになった。

ご本人は「娘には迷惑を掛けたくない」
娘さんは「自分でできることはしてあげたい」「家に居たいなら支える」
「孫に会うのを楽しみにしているから会わせたい」

どこの親子にでもみられるような互いを思う気持ちが芽生えていた。

ご本人は競艇がお好きだったが、1人で行けない状態になってくると、娘さんが同行し連れて行っておられた。
徐々に全身状態が悪化し、最期はお一人のときにこの世から旅立たれた。

数時間後に娘さんとそのご家族が対面された。
娘さんは泣き崩れるということはなく気丈にされており、やり切った感じがみられた。

「子どもにおじいちゃんがいたということを見せることができてよかった」と、後におっしゃっていた。

長年疎遠だった親子。
娘さんの記憶の中では複雑な思い出が多い関係だったかもしれない。
幼い頃愛情もって育ててもらい、意識しないところで形成された親子の愛が蘇ってきたのだろう、としみじみと感じた。
愛がある、と、ふと感じられた親子だった。

さまざまな方、ご家族と接する中でふと表れる愛を感じることができるのは、この仕事の醍醐味だと思う。
自分の人生に枝葉をつけてもらっているような感覚。

最近の私の愛情はもっぱら愛犬に…。間違った愛情だったのか、布団でゴロゴロするのが好きで太ってしまった。

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洛和会訪問看護ステーション坂本 S

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